歴史:昔の航空写真を見てみよう

昔の面影が消えつつある八潮。駅周辺は完全に別の街になりました。以前ここには何があったんだろうと気になる方もいるでしょう。当然ながら、大昔の八潮は田んぼでした。問題は、田んぼの八潮から現在の八潮までの間です。マンションが建てられる前は工場だった所もあります。土地の形が歪な理由も分かるかもしれません。それでは、八潮の成長過程を見にいきましょう。

八潮を見る前に


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<目印となる施設>


まず、写真を見比べるにあたって、目印となる施設があります。大原中学校、大曽根小学校です。葛西用水、県道松戸草加線も合わせて覚えておくと、見比べやすくなります。写真は1974年、1989年、そして現在(yahoo地図の航空写真機能をご利用下さい)です。それぞれ、大規模な交通インフラが整備される前後を写しています。


変貌する八潮駅周辺


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<1974年の八潮駅周辺>


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<1989年の八潮駅周辺>



<現在の八潮駅周辺(写真ボタンを押してご覧ください)>


1974年の八潮は、東京隣接地とは思えないほど長閑ですね。工場や倉庫も点在しています。田んぼの中の倉庫もシュールな光景ですね。道路は新田開発によって、碁盤の目状に整備されています。この道路が、そのまま土地の形に現れています。その後に出来る交通インフラは、農道を斜めに遮るように通っているため、変形した土地が増えてしまいました。
この頃、大原中学校の方では区画整理が進行しています。中学校周辺の土地は、造成中のようにも見えます。2年前に開校した大原中学校は、区画整理後の道路を考慮して配置されたことが分かります。


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<中川沿いの市街化調整区域では、昔の風景が残る。>


1989年の八潮は、まだまだ田んぼが残るものの、少しずつ成長していると実感できます。最も変化した景観といえば、4年前に開通した首都高速道路。八潮パーキングや本線料金所も建設され、街が賑やかになってきました。高速道路の北側は、3年前に区画整理が完了しました。この頃まだ住宅が少なく、現在建てられている家は、ほとんどが平成築であることが分かります。八潮って実は新しい街なんですね。
現在の八潮駅付近には、ちょこちょこ工場が建ちました。これらは短い命でしたね。借主側曰く、鉄道用地になることを知っていて貸した地主もいるとのこと。不動産選びは、過去と未来の両方を見極めることが大切ですね。


Thank You.


タグ:八潮 街並み



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